実は沖縄県です。
沖縄は戦後、昭和47年(1972年)までアメリカの統治下にありました。
そのため、それ以前は建築基準法が適用されておらず、独自の建築規制のもとで建物が建てられていました。本土復帰に伴い、ようやく建築基準法が適用されることになりましたが、ここで大きな問題が発生します。
本土復帰と耐震基準の問題
それが「耐震基準」です。
本土の建築基準法の方が耐震基準は厳しく、そのまま適用すると多くの建物が既存不適格になってしまう状況でした。そこで当時の国は、「従来どおりの設計によることもやむを得ない」として特別な告示を出しました。
その後、1979年ごろに地震地域係数(Z値)の見直しが行われましたが、沖縄の特殊な事情にも配慮され、結果として「0.7」という数値が採用されました。東京や大阪が1.0であることを考えると、「0.7」という数値は約30%小さく、設計上の地震力が大きく軽減されることになります。
ちなみに、Z値が「1.0」の鹿児島県・与論島と、「0.7」の沖縄本島北端・辺戸岬は、実はわずか20kmほどの距離しか離れていません。
それだけ近い場所であっても、県境をまたぐだけで設計用の地震力が30%も変わるのです。
もっとも、当時は制度の整合性よりも、既存建物の状況や地域の実情、制度の円滑な運用を優先せざるを得なかったのかもしれません。

